《 戦経インタビュー 》
ソフトブレーン会長 宋文洲氏に聞く
ここが変だよ
日本企業の営業マン



 携帯電話を使った営業支援ソフト『eセールスマネージャー』を主力商品にするソフトブレーン。2005年6月に東証一部上場をはたした創業者・宋文洲会長は、日本の営業のあり方に対する鋭い指摘で各方面から注目を集めている。TKC会計人の二上光宏税理士と小出絹恵税理士が話を聞いた。

 

宋文洲氏■「足繁く通えば注文が取れる」
 という間違った思い込み

小出 中国人である宋さんの目には、日本の営業はかなり“変”に映るようですね。具体的にどんなところがおかしいと感じているのですか。

 一番単純なことから言えば、「足繁く通えば注文が取れる」という間違った思い込みがあるところです。いくら営業マンが足を使って通ったとしても、お客さんが必要としていない商品が売れるわけがないのです。でも上司は、「売れないのはお前の根性が足りないからだ。もっと足を運べ!」と根性論を振りかざす。で、営業マンは律儀に同じ営業先に何度も足を運ぶことになる。
 あるいは「飲んで遊んだら買ってくれる」というのもまったくの勘違い。人間関係を潤滑にするために飲むというのはわかるが、飲ませてもらったから買うという論理は本来あるわけないのです。それでも買うというのは、良いものを安く買おうという発想の薄い役所か、いずれ潰れる会社だけです。
 それから、「体育会系の営業マンは売る」という変な言い伝えもウソ。たしかに体育会系の人に行動力があるのは認めます。しかし、見方を変えれば、だまし半分の押し込みが強いだけ。会社の一時的な売上改善には作用するかもしれないが、長期的に会社を良くするという面ではむしろ麻薬です。彼らに頼り過ぎるのは決してよくない。

二上 右肩あがりの作れば売れるという時代の営業の考え方が、いまだに根強く残っているのが問題というわけですね。

 ええ。高度経済成長期に通用した慣習が、あたかもいつの時代でも通用すると思いこんでいるところが問題なのです。日本の営業が変というよりも、その思い込みが数十年ずれている点に違和感をおぼえています。

小出 宋さんには日本企業の営業に問題を感じざるを得なかったいくつもの体験があるとか。

 私は国費留学した北海道大学大学院を修了後すぐに、自分で開発した土木建築ソフトの販売会社を日本で立ち上げました。当初は、開発や総務などの仕事をこなす傍ら、ゼネコンの設計部門やコンサル会社に一人で売り歩いていたのですが、限界があるのは明白でした。そこで、上場企業を辞めたばかりの“凄腕”と称される元営業部長に営業活動を任せることにしたのです。「自分だったら昨年の売上を数倍にしてみせる」と自信満々に語る彼の言葉を信じ、5人の部下をつけて営業にあたらせたものの、売上は私が一人でやっていた頃とほとんど変わらなかった。3億円だった年商が3億6000万円になった程度です。
 その人がまさに典型的な日本の営業マンでした。根性論で売るのも大好きだし、接待も大好き。人脈を作るといっては頻繁に接待に出掛けていました。でも、それが長年やってきた営業スタイルだったんです。結局、彼がこれまで売ってこられたのは大企業の信用力、つまり看板があったお陰であり、その人の能力が優れていたわけではなかったのです。
 他にもこんなエピソードがあります。私が営業をしていた頃、何かのヒントをつかめればと思い、当時カリスマ的存在だったセールスマンの講演会に参加したときのことです。大手寝具販売会社でトップ営業マンだったというその講師が私を指さして、「君、高い商品をどうやって売るかわかりますか?」と尋ねてきた。そこで私は「例えばベンツは自転車よりも高いが、ベンツだから高いのは当たり前。ふつうに売ればいい」と答えました。すると、「違うんだよ、安いものをいかに高く売りつけるかがテクニックなんだよ」という。「それはできません」と返答したら、「君は営業に向いてない」だって(笑)。この講師は高い商品でも「あなたほどの人だからこの商品を勧めているのです」と、相手の虚栄心をくすぐれば売れると言いたかったようですが、それにしてもひどい話です。
 

■100回通って売れたのは
 プリンター1台だけの感動ドラマ

 

二上光宏税理士二上 営業マンがよければ何でも売れるというのは日本的な感覚かもしれない。「エスキモーに冷蔵庫を売るのが優秀な営業マン」というのも変な話ですね。

 実は私、ある有名証券会社の営業マンが大嫌いなんです。ちょくちょく営業に来ては「私の営業力をもってすれば石でも売れる」と豪語する。それを聞くたびに「売られる側の身になってみろ」と言いたくなります。しかし多かれ少なかれ日本の会社はそんな営業マンにエールを送っているわけ。お前は詐欺だとは誰も口にしない。

小出 ほとんどの中小企業は、もっと堅実な営業活動をしていると思えるのですが…。

 それはそうですが、中小企業も間違いなく変な営業文化の“害”を受けています。詐欺まがいの売り込みはしていなくとも、「営業は足で稼ぐもの」という思い込みがあるのは中小企業も一緒です。例えば、市役所や第三セクターを営業先にする中小企業の実話としてこんなのがあります。そこの営業マンは100回ちかく同じ役所に足を運んでようやくプリンター1台を売ることができました。役所にはたいてい、売り込みにきた営業マンが自分の名刺を入れていく箱があります。そこに名刺を積み重ねていったことで、万年課長の同情を引き売上に結びついたのですが、たった1台のプリンターを販売するのにかける労力としては大きすぎます。でも、その営業マンが会社に戻って「とうとう攻め落としました」と涙ながらに報告すると、社長はその夜、居酒屋に連れて行き「彼の根性は素晴らしい。営業マンの鏡だ」と社員みんなの前で褒めたといいます。本人たちにしてみれば感動ドラマなのかもしれないが、効率的な経営という視点からすると、いかがなものかと思う。

二上 そうした現状を変えて行くにはどうすればいいのですか?

 それは簡単です。同じところに100回足を運ぶのではなく、まったく別の営業先を100件まわるようにすればいい。そのほうが絶対に注文が増えるし、人的コストもそれほど変わらない。まずは社長がそのことに気付くべきですね。そして、100社まわっても同様に売れない場合には、たいへんな事実が明らかになる。取り扱うべきではない商品だったということが。

二上 つまりその商品自体に世間のニーズがないわけですね。

 あるいは、似たような商品を扱っているのに隣の会社はすごく売れているというケースであれば、今度は別の事実がわかる。その営業マンが営業に向いていないということです。すぐに違うセクションに移したほうがいい。でも多くの社長は、売れないのは営業マンに根性がないからだと短絡的に考えてしまう。そこが問題なのです。

 

■「因果関係」に注目したデータ分析が営業を変える

 

小出絹恵税理士小出 宋さんは、営業における様々なデータを集めて、それを分析・検証していくことを推奨されています。

 営業のデータ分析というのはこういうこと。「100回足を運んでどれだけの量を受注できたのか」「100件に行って何件受注できたのか」という数字の比較です。100回と100件でコストが一緒ならば、どちらを選んだ方がいいかはすぐにわかるはずです。おそらく大抵の会社は営業日報を作成していても、どこに何回行ったかというところまでは集計していないのではないでしょうか。よしんば数えていたとしても、それがどういう意味なのか認識できないのかもしれない。
 ちなみにソフトブレーンの営業マンは、自分たちの商品に理解がないところには絶対に売り込みに行きません。理屈は単純。ばからしいからです。「営業は断られてからはじまる」という言葉がありますが、それは恋愛にたとえると、女性に嫌われてから「お付き合いをしましょう」と猛烈にアタックしはじめるのと同じです。商品を欲しいと言ってくれる会社が他にもあるわけだから、そうしたところを探した方がいい。
 営業データの収集は、例えば当社の『eセールスマネージャー』をはじめ様々な営業支援システム(SFA)があるので、それらを活用すればいい。一人の営業マンが同一の企業に100回通ったのか、違う企業に100件訪問したのかといったデータを簡単に集められるのはもちろん、Aという商品は2回訪問して売れたケースが多いのか、それとも3回なのかを調べることも容易です。そうしたデータがあれば営業マンに対して、「なぜお前は5回も同じところに通っているんだ。通常は2回訪問すれば売れるんだ」と指摘でき、営業の手法を変えさせることができる。だからそうした意味で、企業経営者はデータを活用することを習慣化するべきなんです。

小出 どんな種類のデータを集めればよいのでしょうか。

 データ化しようと思えば何でもできますが、「犬が本日9回吠えました」というのをデータ化したところで、それは営業と関係ないわけだから意味がない。ならば、どんなデータに着目すべきかというと、その商品が売れるまでのプロセス、つまり因果関係にかかわるデータです。すべての物事には原因と結果、つまり因果関係があります。「どういうことをしたから、このような反応があって、注文が取れた」という流れをもう一度じっくり見直し、その間で欠かすことのできない要因についてデータの収集と分析をするのです。
 私はいつも社員に対して、「どんな『仮説』でもいいから原因と結果の因果関係を見つけ出し、データをもとに証明してくれ」と言っています。受注を取るためにはお酒が重要と曲げない営業マンがいるのなら、「何升飲ませれば売れる」というデータを見せてくれと指示をする。相手に飲ませることが売るための必須条件になるという仮説があってもいいんです。しかしそれが自分しか証明できないのであれば、私は信用しない。

二上 でも買う側からすれば相手企業の「信用度合い」を見極めたいという思いもあるわけですから、接待も売るための因果関係の1つになり得るのではないですか。日本の商習慣が全部ダメというわけではないと思いますが…。

 おっしゃることはよく分かります。中小企業の営業には2つの種類があります。1つは代理店営業。例えばキヤノンのコピー機やトヨタの自動車の販売がそうです。そしてもう一つは、自分たちで作った製品を自社ブランドとして売る場合です。そのうち後者の場合については、時間を掛けてじっくり売り込み先との関係を深めていくことが大事です。そのなかで接待が必要になるケースもあるかもしれません。しかし接待は営業の本質にはならないと思います。料金が高い店に社長を連れ出したとしても、私だったら逆に「商品に自信がないからこうして恩を売っているのではないか」と勘ぐってしまう。それよりも、相手企業の“キーパーソン”をできるだけ早く見つけ出し、その人に狙いを定めて商品のプレゼンをしたり、質の高いセミナーを企画してそれに参加してもらえることに全力を注ぐことが先決だと思います。キーパーソンを見つけることは、どの企業にも共通する、商品を売るための普遍的なプロセスといえます。私たちの会社では、キーパーソンを探し出すまでの訪問回数などをデータ化して分析しています。

 

■製造業は世界一流だがホワイトカラーに問題あり

 

小出 宋さんは、いくつかの著書のなかで日本の製造業は世界でも一流だが、それに比べて管理職をはじめとしたホワイトカラーの生産性が著しく低いと指摘されています。

 かつて日本製品には不良品が多く、「安かろう、悪かろう」が代名詞だった時代もあります。それをトヨタのカンバン方式を筆頭に、優れた生産管理手法を導入していくことで名実ともに一流となったのです。言い方を換えれば、生産のプロセスを科学的に見つめ直すマネジメントを徹底してきたわけです。一方で管理職や本社スタッフといったホワイトカラーについては、それと対極的な位置にあり、仕事の成果を測る科学的な手段を持ち合わせていなかった。

二上 なぜ日本のホワイトカラーは製造業というお手本がありながら、その良いところを取り入れてこなかったのですかね。

 生産現場を軽んじるつまらないプライドがあったからだと思います。しかし今後はそんなことは言っていられなくなるはず。営業の分野にも製造業の良いところをどんどん取り入れていかなければ勝ち残れない。つまり「プロセスマネジメント」を徹底していく必要がある。
 カンバン方式にしても、営業部門はその考え方から学ぶべき点は多いといえます。部品がなくなった順に納品するというカンバン方式は、お客さんの側に立てば「必要なものだけ持ってきてくれればいい。それ以外は売らないで」という発想です。これを営業にあてはめると、商品ニーズのない企業にいくら足繁く通ったとしても、売れないものは売れないという結論に達します。だとすれば、営業マンがまず力を傾けるべきなのは「お客さんが何を欲しがっているか」を探ることだとわかる。その努力をすればいい。

小出 結果に結びつかなくとも、そうした努力を重ねている社員を評価する人事制度も必要ですね。

 同感です。成果主義を採用する日本の企業がだいぶ増えましたが、実際には「結果主義」となってしまっており、様々な問題点が噴出しています。結果だけではなく、成果を生み出すまでのプロセスに着眼した評価制度を考えていくべきです。

二上 中国人である宋さんから見た、日本の中小企業の良い点と悪い点を教えてください。

 良い点は、継続性があるところ。多少のことでは廃業しないということです。実に逞しい。他にも、小さな会社とはいえオンリーワンの製品や技術を持っているところが素晴らしいですね。
 逆に悪い点は、自分たちで勝手にハードルを作ってしまい、小さなサークル内に閉じ籠もりがちなところでしょうか。卑屈になっているとはいわないまでも、「どうせ、うちみたいな小さい会社を相手にしてくれるはずがないから、大企業への売り込みはあきらめよう」という中小企業が多いのは事実。しかしソニーからすれば年商5億円の企業だろうが、30億円の企業だろうが大した違いはないんです。実際、ソニーはまだ小さい会社だった頃の私にも気軽に会ってくれました。

小出 外国人からすれば変わった商習慣がまだまだ多い日本の産業界ですが、日本で起業して良かったと思いますか。

 もちろんです。私の話に大勢の方が耳を傾けてくれるし、こうして中小企業経営者の皆さんに何らかの気づきを与えられるのを嬉しく思っています。

 

(インタビュー・構成/本誌・吉田茂司)


宋文洲(そう・ぶんしゅう)氏プロフィール

1963(昭和38)年中国山東省生まれ。89年北海道大学大学院修了。学生時代に開発した土木建築ソフトの販売会社を立ち上げ、92年にソフトブレーンを創業。日本企業の営業部門の非効率性を痛感したことから、98年から営業支援ソフトの販売とコンサル事業をスタートさせている。